敷田審判員が倒れた理由は?経歴やプロフィールは?選手の対応も!

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かなり心配になるニュースが入っていました。

西武と中日の試合中に、敷田審判がいきなり

倒れてしまいました。

 

今回は、敷田審判員のプロフィールや倒れてしまった

理由について書いていこうと思います。

 

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敷田審判員が倒れた理由は?

本日はメットライフドームで西武ライオンズと中日ドラゴンズの

試合が行われていました。

試合は7回、攻撃は西武の場面でした。

いきなりこの時敷田審判員が、自らおかしいと察知したのか

タイムをとろうと右手を上げようとしたところ、バランスを崩し

ふらふら~とそのまま倒れてしまいました。

 

これには球場全体が騒然。

両チームのトレーナーも敷田審判員のもとに

駆け寄り、そのまま担架で運ばれてしまいました。

現在のところ様態や倒れた原因など詳しくは分かっていませんが

ネット上でも心配の声が続出しています。

 

・脳や心臓の病気かな・・・

・脳血管の疾患があったのかな・・・

・脳梗塞じゃないといいけど・・・

など、このふらつきから倒れてしまう様子を見ると怖いですね。

 

過去にもプロ野球選手がその場で倒れてから(くも膜下出血)帰らぬ人となってしまった

ということもあり、本当に心配になりますよね。

しかし、救急車には自分で乗ったということや、現在は意識があるという情報が

あるのでひとまずは安心ですが、まだまだ油断はできないと思います。

大事に至らないことを願いたいですね。

 

敷田審判員の経歴やプロフィールは?

名前・・・敷田 直人(しきた なおと)

生年月日・・・1971年10月25日(2018年6月時点で46歳)

出身地・・・福岡県

敷田審判員は、プロ野球の審判の中でもかなり有名な審判員です。

 

この卍ポーズも、『選手に花を添えるじゃないけど、そういう気持ちでやってます』

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と語っていたことがあり、選手にも野球ファンからも愛されている審判員なんですね。

 

福岡県立八幡工業高等学校出身で卒業後は新日本製鐵君津に入社していました。

野球もやっていたということでしたが、1992年に退社。

 

その後1994年に歯医者でプロ野球のセ・リーグ審判募集の記事をみて

応募し見事に合格しました。

どこかで野球と関わっていたいという気持ちがあったのかもしれませんね。

 

敷田審判員はこれまでに通算1000試合の審判をしてきて

これはまだ全体の審判員の中でも25人しかいない快挙です。

 

自分が選手だったということもあり、自分が選手として本当は

活躍したかった面もあったからこそ、こうして選手にとっても

いい審判員でいようという努力が見られます。

 

しかもまだ46歳です。40歳前後でやっと審判という天職につけたという時に

まだまだこれからですし、まだまだ卍ポーズを失いたくはありませんね・・・

 

敷田審判員が倒れた時の選手の対応が凄い!

 

この時に西武のバッターの秋山選手と、中日のキャッチャー大野選手の

対応に絶賛する声もありました。

野球選手は特に、仕事場での怪我や緊急事態が多いので対応の訓練も

しているのか、すぐにベルトを緩め、靴を脱がせたという行動が

本当に素晴らしいと思います。

試合中では戦っていた二名の選手の活躍が感動的でしたし、

この時にスタンド席からも『頑張れ!頑張れ!敷田!』のコールが発生。

 

この場にいた方、テレビで見ていた方にとってとても騒然とし

心配になりますがみんなが一人の命に対してひとつになった

瞬間でしたね。

なによりまずは、敷田審判員の様態が安全ということと

早期のご回復をお祈りしています。

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